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2001/06/02
有珠(虻田町)視察報告
議会による自然災害被災地の対応と、復旧・復興への取り組みについて議員が分担をして5月28〜30日まで現地視察を行いました。私が担当した有珠(虻田町)の視察報告をします。なお、公式にはのちほどそれぞれの報告がされます。
【参加者】
計5名 |
浅沼功一郎(特委長)
佐久間達巳(議員)
井沢 義男(議員)
谷寿文(議員)
島村亜紀子(事務局:随行) |
| 【日程】 |
5月28日(月)から5月30日(水)までの3日間 |
| 【視察目的】 |
自然災害被災地の対応と、復旧・復興への取り組みについて |
5月28日(月)
午後12時50分発の航空便にて千歳へ出発。電車、バスを乗り継いで午後5時40分、宿泊先に到着。
JR洞爺駅からバス洞爺湖温泉駅までの間、噴火口を迂回する仮設道路を走行。硫黄の匂いがかなりする。また降灰の影響で霧がかかったように見通しが悪く、車の窓や宿の窓のガラスにも灰が付着している。風向きと噴煙状態により、このような状態が今も続いているとのこと。温泉街という観光地であるが、平日ということもあってか観光客の姿はあまり見られない。噴火以前の約70%の宿泊客数で、経営にも大きな影響がでているという。
午後8時30分、洞爺湖の船上から約30分間の花火が始まる。噴火以降、中止していたものを再開したものだが毎日300発規模(1回100万円)を、観光協会が中心となって各業者が負担している。集客にかける意気込みを感じた。
5月29日(火)
火口にかなり近い宿のせいか、今日もかなり硫黄くさい。
午前9時、虻田町議会事務局長の案内で、虻田町役場を訪問。虻田町長にあいさつ。町全体写真を参考に概要の説明を受ける。
午前10時30分から、噴火災害の経過の詳細説明と復興計画(*1)について担当課長から受ける。
午後1時30分から虻田町議会特別委員会委員との懇談会を開く。ここでは議会の取り組みの他に、経験などから得た議会(議員)としての災害時における心構えと対応について、どのように対処したかを伺った。
「議会は災害時には住民の方向ばかりに目が行きがちだが、非常時だからこそ行政と一体になって取り組まないと困難は乗り越えられない。特に議員個々での行動は混乱を招くことから申し合わせにより厳に禁止した。住民から当初は不満の声もあったが、今となっては評価を頂いている」
という委員長の発言に、他の委員も頷くところから、議会として纏まっているという印象が伝わる。
午後4時から現場の視察。今回は虻田町長の特別な配慮により、被災地立ち入り禁止区域内にも案内されました。三宅と同様、噴石・降灰の被害にあわせて、泥流の被害による倒壊・埋没や、かなりの地形の変化(火口周辺の隆起は最大で80メートルもある)による家屋や道路、公共施設などへの被害は想像以上に広範囲にわたる。 特に、一見しただけではわからない被害(扇状な地殻の変動)による被害家屋の被害認定にも、かなり苦労されたという。
5月30日(水)
午前9時、避難住宅の視察に。建設地は虻田町内に限らず、近隣市町にわたっている。現場での避難住民の「アパートに入居していたが、避難解除対象区域であっても職を失い、家賃が払えないので残っている」という声も。単に物理的な被害の他に、実は復興までにはハードと平行してのかなりのソフト事業が必要になるという印象が残った。
その後、有珠本山を視察。民間の観光業者のい立派な施設が立ち並びロープウェイなどの施設もあり、火山を資源としている。ただ今回の噴火からもわかるように、一般の観光地とは違うハイリスクを負うことに間違いはない。なお、火山観測体制は今回の噴火以降、かなり強化されているということも付け加えます。
午後5時発の航空便にて帰京。解散。
(*1)参考資料として、虻田町ではホームページにその計画を公表しています。
http://www.earthcape.ne.jp/users/abuta/fukko/fukkoindex.html
長期になる避難生活ですが、島民個々での努力に行政・議会がどれだけケアができるかが勝負です。今回の視察で得た教訓を、村の施策に反映できるように努力します。
後日、現場での写真をアップします。
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