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2001/1/28
三宅村議会・三宅島現況被害調査から戻ってきました。
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1/24   22:00   竹芝桟橋発「さるびあ丸」にて神津島へ
1/25   10:00   神津島着
  13:20   青山副知事と懇談(30分という短い時間でした)

青山 「火山観測体制は逐次整備していて、かなりのデータが得られるようになった。復旧については都が全面的にやるが、復興の計画は村あげて特に若い方を中心にして取り組んで欲しい。 」

佐久間 「復興計画に沿った復旧は出来ないものか。行政 として島民の生命・財産を守るのが使命だが、日を追うごとに埋没する家屋を守る策が施 されてない。その危険のある家屋の持ち主からでも、まず一時帰島させられないか。

青山 「一時帰島といわず全面帰島を望んでいるが、大量のガスが出続ける現状では難しい。財産の保守をするにも、まずライフラインが整備されなければ無理だ。努力する。」

他の議員からの要望
・避難以前の借入金の元金、利息の据え置き、借換えについて
・復旧、復興に関わる財政的援助について
・災害基金の創設について
1/26     低気圧通過による影響により、ヘリでの三宅渡島は中止。「えびね丸」での渡島も中止。 東京への定期船、定期航空便ともに欠航。
1/27     前日に続き悪天候。全ての行動ができず。 東京への定期船、定期航空便ともに欠航。
1/28   11:00   「さるびあ丸」に乗船。
  18:20   横浜港着。
         
 
 
今回の渡島視察計画は残念ながら天候の影響により中止になり、神津島の港から噴煙 をあげる三宅島を見て、つくづく距離というものを感じました。

現地に渡った人たちは、日に日に泥流により変わる島の姿に「思ったよりひどい」と いう声が多く、簡単に帰れるような状況でないことを言っています。ガスも25日、 ふもと都道で4ppm、環状林道レストハウスで12ppm(計測はボンベを背負っ ての村消防職員)で、依然として高濃度です。

神津島に向かう途中、御蔵島のある議員の話「御蔵も三宅の無人化により交通手段が 大幅に変わり、その影響は大きい。風向きによりかなり硫黄くさいが、三宅のように 全島避難なんてことになると大変なので黙っている」とのこと。

また災対基地の神津島も地震の爪あとがいたる所で見られ、災害は三宅だけでなく、 伊豆諸島全体の問題と感じました。

次回からの三宅渡島視察は、議会全体でなく少数での行動になりました。事前に災対 に申請をして3人位での行動になります。